津波警報、なぜ逃げぬ 誤解?余裕?
2006年11月27日(月)15:54 (朝日新聞より)
択捉島沖の地震で、北海道に津波警報が出た。予想された高さは2メートル。しかし、多くの住民が避難しなかった。スマトラ沖地震で津波の恐ろしさを見せつけられた後、国内では初めての津波警報だった。「隣近所も逃げていない」「テレビを見ていても何の変化もない」。逃げない理由はさまざまだ。気象庁は津波予報の迅速化を進めるが、住民の避難にどう結び付けるかが課題となった。内閣府は27日午後に会議を開き、避難情報のあり方を検討する。
宗谷湾に面した北海道稚内市声問地区。15日夜の地震で、この地区には地震発生から35分後に避難勧告が出た。地区に住む主婦(52)は、「隣近所も緊張感がなかった。テレビの映像を見て逃げようかと思ったけれど変化がないから大丈夫だと思った」という。
避難勧告が出たのは夜9時前。地区の住民1710人のうち、避難したのは200人足らず。消防団員(54)は「漁師町なので寝ていた人も多かった。湾内は津波に弱いことはわかっているのだが……」と振り返る。
北海道は当初、避難した人は1万3千人と発表した。避難指示・勧告対象者約13万人の約1割。避難所に行った人が中心で、実際に避難した人はこれよりも多いとみられている。
今回の津波予想は、最大で2メートル、観測された津波は最大約80センチだった。人は何メートルの情報で逃げるのか。
岩手県立大の牛山素行助教授(災害情報学)は今年、同県田野畑村沿岸部の村民にアンケートした。同村は、明治三陸地震で303人、昭和三陸地震で54人の津波による死者を出している。
「2メートルの津波」で避難するとしたのは、回答者(191人)の4分の1。5メートル以上が過半数を占め、このうち10メートル以上も3割近くいた。
牛山助教授は「台風の時の波浪の高さや遡上(そじょう)高と混同している」とみる。波浪の2メートルは波打ち際だけの高さ。2メートルの津波は、海面が2メートルせり上がり、そのまま陸側に押し寄せる。河川の上流に被害を出すこともある。津波がたどりついた高さ(標高)が遡上高で、同村は明治三陸津波で28メートルまで来ている。「過去の経験から判断しているが、間違えている知識もある。津波の高さの意味を住民に説明することが重要だ」と話す。
宮崎大の村上啓介助教授(水工学)は、昨年の台風14号で被害を受けた宮崎市の大淀川沿いで、避難勧告が出た地域でアンケートを行った。433世帯の回答のうち、これまで被害経験のない地域の避難率が90%だったのに対して、被災経験がある地域の避難率は37%にとどまった。
村上助教授は「過去の災害を経験したことが逆に、台風災害のリスクを過少に評価させ、避難率を低くした」と話す。
村上助教授は、社会心理学で言われる「正常化の偏見」を指摘する。例えば、1万人に1人の割合で交通事故に遭う可能性がある場合、多くの人は自分は事故に遭わないと解釈するという。
いろいろな災害で避難調査を続ける群馬大の片田敏孝教授(災害社会工学)は来月早々、北海道に調査に向かう予定だ。「人は自分だけは大丈夫だと判断してしまう。それぞれの地域に住民に避難を呼びかけるリーダーが必要だ」と話している。
〈避難情報〉 災害対策基本法で、市町村長が発令する。災害が発生、あるいは発生の恐れがある場合、住民に安全な場所への立ち退きを求めるのが避難勧告、生命への危険が高まり、より急ぐのが避難指示。気象庁は50センチ程度の津波が予想される場合に津波注意報、1メートル以上の場合に警報、3メートル以上の場合に大津波警報を出す。
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